霊的生活のススメ

 最近の日本の報道メディアは、セクハラ事件を別コーナーで設けているほど、この類の事件が、毎日のように報道されている。Good News Station.com では、この手のニュース・コーナーはないので、日々編集で追われているアタシは、日本の三面記事系ニュースは見ることも、検索することもない。が、たまたま昨日、この二つのニュースを見た。

 一つは、京都の女子高で起こった教師によるセクハラ事件。同校は、その教師をクビにはしたものの、その事実を生徒や保護者たちに通達せず、事件を隠蔽しようとしたため、PTSDと診断された被害者のご両親が、学校を訴訟したというニュース。

 そしてもう一つは、ある有名タレントが、香川県で起きた家族行方不明事件に対して、公式ブログで不適切な発言をしたとして、タレントの所属事務所が、当人に対して1年間の活動停止処分を下し、それに対する謝罪文をマスコミに発表したというニュース。

 日本においては、珍しくも何ともないこのニュースを読んでいて、もうこの話題には触れまいと考えていたある事件を思い出さずにはいられなかった。あえて触れないでおくのも、ひとつの方法なのかも知れないが、黙っていてはいけないというのも、一つの考え方だと思うので、ここであえて記しておく。

 それは、先月起きた日本キリスト教団・愛知教会の伝道師淫行事件(*下記参照)である。この事件を取り上げたキリスト教関連メディアは、アタシが知る限り、ウチのWebだけである。また、日キから何らかの、謝罪文のようなものが発表されたというニュースも今のところ、聞いていない。

 もし、この伝道師(H氏)が連れ回した女子中学生の両親が、事件隠蔽の画策により、日本キリスト教団を告訴--!! なんてことになったら、いったいどうするつもりなのだ?? などと余計な心配をしているのはアタシだけ? それとも、こんな事件は日本では日常茶飯事で、あえて取り上げる必要もないのだろうか?

 実は、日本でもアメリカでも、毎年多くの牧師・伝道師が、こういった性的な犯罪によって、職務から外されているという現実がある。今回の事件の特徴は、 相手が中学生だったということだが、これがアメリカだったら、全米規模のニュースとして報道されたことだろう。

 そうして彼らの牧会は崩壊し、彼らと関係していた教会や家庭は傷付き、困惑し、怒り、哀しみ、時には信仰を失い、神を知らない人々からは“ホレ見たことか!”と嘲けられる。これほど、神の御国実現を必死で阻止しようとしているサタンとその一味をキャーキャーと喜ばせることは他にない。

 逮捕されたH氏は、おそらく自分のしたことが、こんなにも大事になるとは、思いもしていなかったのだろう。しかし、このような性的な犯罪は、飲酒による殺人と同じで、決して『事故』ではなく、れっきとした『犯罪』である。「そんなつもりはなかったんですぅ!」と、百万回言ったところで、全く通用しないのである。

 人間社会においては、相手の女性に対して心の中でどう思おうが、それを行動に移さない限り、罪に定められることはない。が、神様は心の中で思っただけで、それは姦淫をしたことと同じだと言う。更に追い討ちをかけるように、この罪は「そんなイヤラシイ目は、えぐり出して捨てちまえ!」と言われるほど深刻なのである(マタイ5:28-29)。

 それは、「性的誘惑には、どんな犠牲を払ってでも、断ち切るべし!」という、強い戒めを意味するのであるが、この問題について積極的に学びたいと願っているクリスチャン男性(アタシを含め)は、残念ながら実際にはあまり…いない。

 そうなってくると、神様の視点からすると、アタシたちはH氏と大差のないことを、日々犯してしまっていることになる。現代のような露骨な性的描写が、巷に流出している時代は人類の歴史上、いまだかつてなかったことだけに、これはどんなにエラ〜イ先生だろうが、学生だろうが、若者だろうが、壮年だろうが、受洗したてであろうが、信仰暦40年であろうが、男であればいつ直面しても犯し・・いや、おかしくない問題なのである。

 エバが食べてしまった禁断の実が、「美しく、美味しそう(リビングバイブル訳)」だったように、男性にとって女性は実に、「美しくて、美味しそう(本当に失礼)」 なのである。ここで、サタンの誘惑テクニックについて考えてみよう。サタンは先ず、直接罪を犯させる前に、神様の意図に対して疑問を抱かせ、そして女性を使って男を誘惑した。

 つまり、「神様は、女性とSEXしただけで罪だなんて、本当に言われたのですかぁ??」 と、日々サタンは男にこう質問して来るのである。サタンのアプローチは、創世記の時代も今も、何も変わってはいない。そこで、男はこう考える。「男とはそういう存在なんだ!」、「神様は男をそのように創られたのだ!」、「それは仕方のないことだ!」 と。

 ところがこの言い訳は、よく考えてみると(考えなくても)、相手が他人の女性の場合にのみ、言えることであって、それが自分の家族に該当することは決してない。H氏だって、自分の妹か日曜学校の生徒が、ネットで知り合った30男との無断外泊に賛成などしないだろう。

 売春を肯定するクリスチャンはいない。だが、もし自分の目の前に、絶世の美女を置かれても、「オレは絶対に誘惑なんぞにはおちいら〜ん!!」と、100%断言することが出来ないのが哀しい男の性。つまり、この問題ほど、本音と建前が横行する世界はないのである。

 人は自分の身内に対しては、神様に近い視線で見ることができるものの、相手が他人となると、その視線は一転して、相手の人間性の無視したサタン的なものへと変貌してしまう。だが、性的罪に対する考察は至ってシンプルなのだ。台所にある包丁は、白菜は切ってもいいが、人は切ってはいけないように、SEXは結婚関係以外では、使ってはいけないのである。
 
 それをあたり前と思うか、そうではないと思うか? 突き詰めればそう言うことである。そうではないと思っている人と議論をしても無駄。問題は、それはそうだと思うが、それが出来ないから困っているという場合である。(最もそれは、そうではないと言っているのと同じことなのだが・・)

 これは、道徳的な問題である以上に、人間の罪の本質と深く関わっている霊的な問題であり、そこのところを間違うと、その代償は非常に高いものにつく。だから、霊的世界に肉欲はないように、この世においても、霊的なものに目を向けて生きていれば、肉欲に囚われることはなくなると、聖書は私たちに断言している。(ガラテア5:16 & 6:7)

 肉欲に勝る喜びを体得すること。それが、誘惑に弱い我々男性群に限らず、全てのクリスチャンが求めるべきことである。ヘタに欲望を消そうとするから無理が生じるのである。そうではなくて、自分のチンケな欲望を、もっと高次元な欲望で包み込んでしまえばいいのである。

 もし、H氏が悔い改めを知っているクリスチャンなのであれば、一度思いっきり、全国的な赤っ恥をかいてもらった後で、この失敗を益へと転じてもらわなければならない。また、教団は無理であったとしても、教会はそれを受け止める度量を持たねばならない。悔い改める罪人の集まりこそ、教会の本質だからである。


キリスト教伝道師が少女にみだらな行為

 神奈川県警青葉署は21日、児童福祉法違反の疑いで、名古屋市名東区、日本キリスト教団愛知教会の伝道師、黛八郎容疑者(29)を逮捕した。調べでは、黛容疑者は9月10日から12日までの間、横浜市港北区のホテルや自宅に中学2年の女子生徒(14)を連れ込み、みだらな行為をした疑い。2人は出会い系サイトで知り合ったという。(11/22/07 産経新聞)
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