愛の3C伝説U

 前回のコラム『愛の3C伝説』は、巷に多大な反響を与えたものの、ティーンの女の子達から「ワカンナ〜イ!?」と、バカっぽい奇声を上げられたように、おおむね学術的見解であった。

 言うまでもなく、理屈で色恋沙汰がまるく収まるようなら、スタンダールの恋愛論などはとっくに売り切れてるワケで、今回は、分かっちゃいるけどやめられない、スーダラな愛の実態(もはやギャグ・パフォーマンスの化石化)について記しておかなければなるまい。

 結婚6年目のQ夫は、よく残業と称してダウンタウンに住んでいる女のアパートに転がり込んでいる。ある日泥酔して帰宅したQ夫は夜中に「いっけね、もう帰んなきゃ!」と、自宅のベッドルームで、思わず条件反射的に呟いてしまった。

 それから約3秒半間を置き、隣で寝ていたワイフが「アンタ、帰るっていったい何処によ・・」 部屋の空気はいきなり零下40度に下がり、北欧でもめったに見られない黒いオーロラが発生した。こういう時の女の直感はハッキリ言って百発百中である。Q夫がその後どうなったのか、アタシは知る由もない・・。

 このような話をすると「ったく男はどうしようもないワネ!」と、眉をしかめる女性陣の顔が鮮明にビジュアライズされる。が、よく考えていただきたい。浮気は1人では出来ないのだ。つまり、浮気をしている男の数だけ、それに付き合っている女も同人数分いるということを忘れてはいけない。

 それはともかく・・、どのような場合においても例外はある。だが、『惚れる』という現象は、言ってみれば『風邪』のようなもので、いずれにせよ長くは続かない。おそらくその精神構造自体に持続性がないように出来ていると思われる。

 特に女の場合、グルーピーの生態を見れば分かるように、あれだけ好きだの死ぬだのと騒いでいたのに、ある時ふと「あれは何だったノ?」みたいな、ケロリとした顔で佇んでいる。つまり、彼女達にとっては単なる感情の発散行為だったりするのである。

 『惚れる』ということは、確かに恋愛のきっかけではあるが、それ自体は『愛』ではない。多くの場合、恋愛は自分のエゴイズムや執着から端を発している場合が多いので、最初からこのことを認識した上で始めれば、恋愛も割りとスムーズにことが運ぶかも知れない。だが、困るのは自己愛の押し売りを『愛』だとカンチガイしている人々である。

 更に困ったことには、男も女も30を越えると恋愛も駆け引きになってしまうという現状がある。過去失恋経験が大きかった人ほど、次はその時の痛手を何とか回避しようとする心理がどうしても働くので、自分にはしっかりバリヤーを張った上で、相手の出方ばかりを探るようになる。そうなってくると、恋愛と言うより自己中な心理ゲームである。

 LAの場合、割合的に女性の数が少ないので、LA在住の日本人独身女は、多少性格が悪くても、男のニ人や三人はたいがい周囲にタムロっている。また海外に憧れ、親の反対を押し切って来ているような女の子の場合、当然付き合う相手は金髪の白人がベストだと思っているので、足の短い日本人独身男(アタシのことではない)は必然的に不利な立場に追いやられている。

 女にしてみれば、花が咲いている間は誰からも振り向かれ(・・ない場合もあるが)、自分の周りには蝶(アブだったりもするが・・)が飛び交う人生最高の時である。と同時に事を有利に運べる人生最大のビジネスチャンスでもある。

 オスがメスを選んでいるのではない。種族保存の法則からして、メスが少しでも程度のいいオスを群れの中から選出していると言った方が正しい。何と言っても子供を産むのは女であり、一旦決めたからには、おいそれと交換はしないという潔い意識において、女は遥かに男より優れているからである。

 また、恋愛時は精神状態が高揚しているので、相手の欠点も返って可愛く見えるものである。この段階において、彼等は「女のその恐るべき実態」については知らない。(いや、知らないからこそ、種族は継続し得るのだ)

 幸いアタシにはグータラな姉がいたので、さすがに女を聖人化する過ちはなかったが、たいがい恋愛時に交わされる男女の会話というのは、政治家の公約に似ていて、遂に当選(結婚)となった暁には、昨日まで言っていたことなど夢幻のごとく反故される。そこで初めて相手の実態を知るに至るのであるが、時既に遅しである。

 さて、女に対する男の優しさは、それが真面目であればあるほど観念的な形で表わされる。ところが、女にはそれを理解してもらえない場合が多く、それどころか逆に怒らせてしまったりすることが少なくない。

 従って、男はアッシー君だの、メッシー君だの、世間から何と言われようが、女は恋愛のプロフェッショナルであることを認識しつつ、これは、独身女の特権なのだからと、アホに徹して女のワガママを聞いてあげなければならない。

 この摂理は更に深い意味を持つ。女は次元の高い精神的な優しさより、単純で具体的な行為の方に感応する生き物だからである。(通常牧師は絶対にこういうことは言わない)

 確かに『愛』は地球を救う。しかし今日、『愛』という言葉は、すぐ道端で拾えるほどに安っぽく散乱しており、マスコミや企業の商売ネタとなってしまっている。だが、これだけは言っておかねばならない。『愛』は、思春期の女の子が憧れるようなファッショナブルなものでも、夢物語のようなものでもない。

 平たく言ってしまえば、『愛』は自分よりも相手を優先させるという、面白くも可笑しくもない、真面目で真剣な行為なのだ。愛は『感情』でも『知性』でもなく、相手を愛そうという『意志』である。世間で取り沙汰されているのは、『愛』なんかじゃなくて単なる『愛欲』。この差は果てしなく大きい。

 結局『愛』について語るのは、水泳を通信教育で教えるようなもので、いったいどれほど意味があるのか我ながら疑問である。だが少なくとも最後はハッピーにまとめなくてはならないので、乏しい頭を絞った末に出てきたのが、「タデ食う虫も好きずき」という、聖書とは全然関係ない、ほとんど含蓄に富まない諺であった。

 世の中には星の数ほどのカップルが存在しており、それぞれ無数の男達が自分の相手を「理想の女性」だと思っているというのは、実にめでたくも素晴らしい現象であるということに気が付いた。つまり、女は自分をそのように眺めてくれる男を捜せばよいわけで、事実、世の中の女は全て「理想の女性」となり得るのである。 
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