韓国な人々

 『君は愛されるために生まれた』この曲を紅白で歌ってもらおう!!という運動(?)をやっている人から此間メールをいただいた。アタシも是非そうなればいいなと期待しているが、このゴスペルが流行った原因に、あのヨン様が一役かっているらしい。

 今回の韓流ブームはなかなか根強いものがある。此間も紀伊国屋さんに行った時、在日、韓国、北朝鮮に関する出版物が異様に多かったことに驚いた。それを何冊かパラパラとめくりながら、もう10年以上前、ある韓国人をテーマしたドキュメンタリー・ビデオの制作をしていたことを思い出した。

 アタシはその仕事のために、LAにある韓国の図書館や文化センター、見るからに過激そうな政治団体や、朝鮮人が住んでいるアヤシイ秘密家にまで行って取材をした。その頃、韓国と言えば近くて遠い国。韓国関連の本など、日本の本屋さんにはほとんどなく、日本人は韓国に対して優越意識か無関心かのどちかかであった。

 ところが、その日本人が韓国にジワリジワリと近寄り始めたのだ。それは、数年前のワールドカップの共同開催辺りから始まった韓流ブームが、冬ソナで激しくブレイクしてしまったからである。

 そうなってくると今までの無知、無関心も何のその、日本人と韓国人は、顔も言語も比較的(多分アメリカ人から見たらおんなじ)似ているため、もとは同じ人種だったのではないか! と、いきなり同胞意識に突入している日本人っていったい何者・・。

 芸能界きっての韓国通として知られる、黒田福美女史(タンポポの役所広司の愛人役)が著した「となりの韓国人」という本の帯に、「必要なのは文化の通訳、仕事よりメシが大事な韓国人、完璧なんて望まない韓国人、はっきり言わなきゃ分からない韓国人、愛情は表現してナンボの韓国人」と書いてあった。

 これはなかなかポイントと突いてると思われるが、日本人には韓国人の名前が全くチンプンカンプンでよく憶えられないように、韓国人はお隣りの日本人にとっても、やはりガイジンなのである。

 「今日本は韓国ブームらしいが、あのこぎれいな顔をしたヨン様で、泥くさい韓国が分るワケがない」これは数ヶ月前のニューズウィークに載っていた、某韓国大学教授のコメントである。そりゃま、当たり前と言えば当たり前の話で、ヨン様に騒いでる人々は、ハナっから泥臭い韓国を知りたいなどとは思っていない。

 アタシには韓国を語れるほどの素養はないが、建前は通じないとか、気性が激しいとか、遠慮はあまり必要ないとか、ワリカンを嫌がるとか、男尊女卑の割には女が強い・・と、いったようなことは何となく感じる。ま、これもステレオタイプな意見なのかも知れないが、こないだ韓国教会の牧師さんから、韓国人の特徴を、実に顕著に表していると感じさせるお話を伺った。

 それは、韓国語には「受身」がないということであった。日本人は「車に⇒(私が)乗る」と表現するが、韓国人は「私が⇒(車に)乗る」と表現する。この違い、分っていただけるだろうか? 彼等の言語に受身がないということは、彼等の思考パターンに受身の発想がないということである。ここが日本人と韓国人と大きな違いでないかと思っているのだが、これを指摘している人がアタシ以外に見当たらないのは何故?

 こんなジョークがある。ビルが火事になり、屋上には五つの違う人種の避難者がいた。そこでどうやったら怖がる彼等を救助用のテントに飛び降ろさせることが出来るだろうか?? と、救助隊員達が必死で思案した末、彼等はこの一言でテントに飛び込んだのであった・・。

イギリス人の場合→「紳士たる者、こういう時にこそ飛び込むのだ!」
ドイツ人の場合→「飛び込め!これは厳粛なる国家の命令である。」
フランス人の場合→「あなただけは飛び込んじゃいけない!」
イタリア人の場合→「今美女が一人飛び込んだぞ!」
日本人の場合→「みなさん飛び込まれたのですが・・」

 韓国人の場合は、どう言ったら飛び降りるのか、ご存知の方は是非教えていただきたい。いずれにせよ、人間がひん曲がった日本人より、フランクな韓国人を友達にしたいと思うのは当然なのであって、別に突き詰めて考えずとも、行き着くところはその人個人の人間性。国民性云々は二の次である。

 しかし、これは海外に住み、いろんな人種と付合った経験上そう思えるのであって、日本でしか生活したことがない人々にとっては、この辺りは実際よく分らないのかも知れない。

 日本の建前文化は、韓国のYes or No文化には通用せず、遠慮が美徳となる日本人に比べ、遠慮の必要があまりない韓国人。アタシが実際に知っているLA在住の韓国人は、皆とてもナイスな人々である。

 言葉が十分通じていないというのも、逆にプラスに働いているのかも知れないが、ただ言えることは、そのどちらかに民族間における優越意識、または劣等意識のようなものが少しでもあると、とたんに関係がギクシャクしてしまうということである。

 言葉や外見はよく似ているものの、文化や考え方が大幅に異なるのは、人種の違いに加えて、そこに歴史的背景が大きく影響しているのは間違いない。今までの日本と韓国の関係は、先ず日本側が韓国側を理解することが日韓友好の基本であった。そこには不幸な歴史が前提にあり、日本は加害者なのだから、韓国に対しては譲歩すべきだという風潮があったからである。

 しかし、それこそ彼等に対する偏見ではないか。互いを尊重した相互理解を抜きにした親善などあり得るはずがない。多分、日本人が韓国に歩み寄ることより、韓国人が日本に歩み寄ることの方が、ずっと複雑なのではないだろうか。いつも優越感と卑屈を行ったり来りしている日本の外交に対する諸外国の苦労と言うか、苦笑が見えるようである。スーゴ ハショッスムニダ(お疲れさまです・・)。

 あ、それと最後にもう一つとても大切なことを言っておかなければならない。唐突だが、日本のリバイバルに関してである。日本にリバイバルは本当に起こるのか? 答えは「YES!」である。但し、日本はその前にしておかなければならないことがいくつかある。その内の一つが、日本政府による韓国への正式謝罪である。真に韓国との交流回復が成されない限り、日本のリバイバルはあり得ないというのが、アタシ個人の揺ぎない見解なのである。
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