ジョー&マリリン

 こないだすずき監督(茶の間ファスティバル)のお宅にお邪魔した帰りに、マリリン・モンローのお墓に寄って来た。「え”っ!?こんなところに?」というような、ウェストウッドのビルの谷間にひっそりと佇む彼女のお墓。墓標はノーマ・ジーン(本名)ではなく、マリリン・モンロー(芸名)。彼女はマリリン・モンローとして生き、マリリン・モンローとして死んだ。その間、僅か16年だった。

 8月5日はマリリン・モンローの命日だが、アタシは別に彼女のファンというワケではない。DVDは『お熱いのがお好き』と『Misfits』の2本しか持ってないし、彼女にまつわる本も読んだことはない。ただ、カウンセリングの教材に彼女のことがよく例話として登場してくるのだ。幸福に手が届きそうになると、何故か自ら手を離してしまう人間の不思議。それは彼女の幼児体験における云々…みたいな..。
 
 しかし、彼女は努力家で芸術的センスもあり、人を観察する能力に長けていた。帝国ホテルでの“シャネルの5番発言”も有名だが、ヌード写真の撮影の際、「その時何も着けてなかったのか?」という粗野な質問に「そうね、ラジオをつけてたワ」とサラリとかわすスマートさは秀逸。それでいて遅刻癖は一生治らなかったというのだから不思議である。女性はいくら聡明な人でも、どこかポカ〜ンと穴が空いている。そこが男が女を愛する理由の一つだと思うのだが、そこのところを案外女性は分っていないようである。

 「『陽のあたる場所』のエリザベス・テイラーは素晴らしかった。あのような役は私には回ってこない、私が本当にやりたい役は私のルックスが邪魔してるの、役どころが決まっているのよ」彼女が求めていたものは、実は金でも、名誉でも、男でもなく、演技力だった。常にリー・ストラバーグ(著名な演出家)の指導を受け、唄も踊りも自前の素晴らしい演技者だったにも係わらず、過去一度もオスカーにノミネートすらされていない。彼女は生涯、女優としてではなく、セックスシンボルの枠から出させてもらえなかったのである。

 また彼女はハリウッド史上、最も稼ぎがなかった(と言うか搾取された)大スターであった。FOXと契約!と聞けば華々しいが、週給たったの75ドル。あの有名なヌードカレンダーのギャラは50ドル。『紳士は金髪がお好き』のジェーン・ラッセルの20万ドルに対してモンローは1万8千ドル。『お熱いのがお好き』が10万ドルで、最後の『Misfits』でやっとこさ30万ドル。2千万ドルスターと言われるシュワチャンや、トム・クルーズに比べたら、アホみたいな(時代を考慮に入れたところで)金額である。

 そう言えばウチにノーマ・ジーンというワインがあるが、この印税は何処に行くのだろう? とにかく彼女ほど死んだ後も色々と金儲けのネタにされてる人もいない。美化するにせよ、湾曲されるにせよ、人の幸せ関係ない印の人間はこの世に沢山いる。生前親しかったはずの人や組織が故人に対して「アレッ?」と思うような発言をしているのを聞く度に、「やっぱ人は人を正確に判断することなんか出来ないのよねぇ・・」てなことをしみじみ実感させられる。

 「私達家族は、社会という怪物と闘わねばならない。社会システムの残虐さは世界共通の事実である」と言ったのは、大江健三郎でしたっけ? 所詮この世の権力など、何時かは消えゆく虚構に過ぎない。だが、その権力は人の命など少し厄介なクズぐらいにしか思っていないのだ。その意味で、自分で自分の首を絞めるように追い込んでしまった彼女の死は、自殺と言えば自殺、他殺と言えば他殺。しかし、やっとLAでの生活も落ち着きはじめ、ディマジオとの再婚を3ヶ月後に控えていた彼女に、自ら死を選ぶ理由など何処にもなかった。。 

 そうそう、ジョー・ディマジオ。彼女が女として幸せだったとすると、ディマジオの存在をおいて他にない。「♪Where have you gone, Joe DiMaggio? A nation turns its lonely eyes to you〜」言わずと知れた、サイモンとガーファンクルのミセス・ロビンソン(『卒業』の主題歌)である。この人はヤンキース往年の名選手というだけで十分有名なのだが、マリリン・モンローの元ダンナということで、それに輪をかけて有名になってしまった。

 1999年にディマジオが亡くなった時、ポール・サイモンはNYタイムスに、こういった追悼文を寄せた。「彼はイタリア移民の漁師の息子から身を起こし、いつも優雅で威厳を失わず、別れた妻マリリン・モンローのことを決して人前で語らなかった。この彼の個性こそ、大統領の不倫騒動にうつつを抜かしているアメリカが失ったものだ」と。これは今の日本にもそのまま当てはまる。

 確かにディマジオは、暴露本出版を目論み、札束をちらつかせてネタを迫る出版社に「世の中には金にかえられないものがある。それは愛の思い出だ」と言い放ったそうである。無論、彼女の葬儀を取り仕切ったのはディマジオであり、彼は死ぬまで再婚することなく、彼女のお墓に花を供え続けたという。これは純愛と言っていい。まるでアタシみたいである。

 何でこんな話をしてるのかと言うと、先日『Misfits』のDVDをやっと見付けたからである。この映画はモンローの作品の中では非常に地味なせいか、案外観てない人が多い。その割りにはメイキングがあったりするのだが、これがセコイことに別売り。本当はこっちの方が見たかったんだけど、ま、いくら地味たってモンローとゲーブルの遺作だし、彼女が木陰で夢遊病者のように舞う何とも哀しいシーンはフィクションを通り越してるし。

 ところで『Misfits』とは日本語で「不適応者」。タイトルが示しているように、この映画は3番目のダンナであったアーサー・ミラーが書いた赤裸々なモンローの自叙伝である。どうしてこれが『荒馬と女』という、安直な邦題になっているのかと言うと、この映画に荒馬と女が登場するからである。であれば、『ブレードランナー』は「4杯のかけうどん」、『ブラックレイン』は、「かけうどんU」ということになる。(分る人には分る)

 「心の中でいつも言っていた、“マリリン・モンロー、貴女はどんな悪魔を誇りに思うようになったの?”って。そしてこう答えるの、“すべてよ、何もかもよ”それからゆっくり歩いていって、女王さまのように振り返るの。」……

 彼女は、名声と引き換えに悪魔に身を売ってしまったのである。その結果、すべてどころか、何一つ得ることができなかった。ファースト・レディなどというMisfitsを捨て、ちゃんとディマジオの誠意に答ることが出来ていたら、あるいは彼女は死なずにすんだのかも知れない。
無題ドキュメント
Celebration
 礼拝メッセージ
  礼拝記録

Church Info
 教会日誌
 教会案内
 スケジュール
 Good News Ministry
 Good News仙台
 御声を聞く部屋
 イベント
 Map
 ギャラリー
 GNS徒然日記

Resource
 聖書通読カレンダー
 Good News Network
 行け!重箱の隅突き隊
 クリスチャン人名録
人生を導く五つの目的

Bible Study
 聖書塾
 ローマ信徒への手紙
 使徒言行録
 人生の山頂を目指して!


無題ドキュメント




Google
 
Web Good News Station
Goodnewsstation.comに掲載されているすべてのコンテンツ(記事、画像、動画、音声データ)をGoodnewsstation.comの承諾なしに無断転載する事を禁じます。
(C)2008 Goodnewsstation.com Website design by Joe Suzuki