幸いじゃない人

 『めぐみ堂』の西本誠一郎氏、『幸いな人』のピョン・ジェチャン氏が、強制わいせつ容疑で逮捕された事件は記憶に新しいが、最近、キリスト教界のセクハラ事件が後を絶たない。『弟子訓練』という言葉が禁句となった背景には、実はこういう事件があったことに、やっと最近になって気が付くやら、驚くやら・・・。毎年、実の多くの牧師や伝道師が、この性的な罪によって職務から外されている。

 こういった事件が、自分とは縁がないなどと、決して言うつもりなどないが、男の心理の裏側には、このような思いが存在している。売春を肯定するクリスチャンはいない。しかし、自分の目の前で、美しい女性から誘われたら、つい誘惑に陥ってしまうのが男の性である。曰く、「男とはそういう生き物だ」、「神は男をそのように創られたのだ」、「それはもう仕方のないことだ」と。。

 ところがこの言い訳は、相手が他人の女性の場合にのみ、言えることであって、それが自分の妻や娘に該当することは決してない。自分の妻や姉妹が性的被害に遭って、「そうねぇ、仕方がないねぇ」などと納得出来るワケがないのであって、つまり、この問題ほど、本音と建前が横行する問題はないのである。

 そこでアタシは根源的な問題に立ち返り、「何故、男はそんなに女性の裸体に執着(?)するのだろうか?」、「それは単なる妄想ではないのか?」 と、真面目に考える時がある。アダムに罪が入った途端、男は女の裸体に対する妄念に取付かれてしまった。それは、神の意思とは反していることを意味している。つまり、罪が入る以前のアダムは、神と同じ視線で女性を見ていたのである。

 そう考える時、そこに二種類の自分がいることが分かる。女性を性的対象として見ている時と、そうでない時である。アタシは自分でも不思議なくらい、教会では女性に対して性的な気持ちを持ったことがない。それは、家族や姉妹に対する気持ちと同じで、そういう性的な発想自体がないのである。何故そう断言出来るのかと言うと、それはアタシの自制心とか、信仰とかの問題ではなく、ただ聖霊のおかげだからである。

 一方、これはもう随分前の話しだが、一度知り合いのアドレスを使った悪質なメールが送られて来たことがあった。それに添付されていた写真が、最初何だか分からずにじっと見ていて、それが児童ポルノの類であったことが分かった時、アタシの身体全体に何か気味の悪〜い電流のようなものが走った。それは明らかに悪霊からの波動であった。この波動に同調してしまうことが、所謂、『取り憑かれる』ということなのだと、この時アタシは身をもって体験した。そうなってしまったら最後、もう人間の理性では、歯止めが効かなくなってしまうのである。

 現代ほど、露骨な性的描写が溢れ出ている時代は、人類の歴史上今だかってなかったことである。これらに触発されて、屈折した性欲は、自尊心と自制心を破壊し、他人を傷つける行為に対して無頓着になる。あらゆる犯罪は、性的な罪とどこかで結び付いている。事実、連続殺人犯の8割はポルノ中毒である。性的罪は、飲酒による殺人と同じで、決して『事故』ではなく、『犯罪』なのである。
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