のりピーと民主主義

 民主党の議員が日本の総理大臣になった。そもそも民主主義というのは、基本的人権に裏打ちされた平等をモットーとした政党である。それは、人権主義に基付いた国家権力からの解放であり、人が人として平等に認められる社会である。

 市民から多数決によって選出された議員は、法律を犯さない限り、私権が制限されることはなく、また、政府が市民に何らかの不法行為や侵害を与えた場合は、市民は堂々と政府に対して賠償を請求できる。

 聖書には、「人を殺すな」と書いてある。しかし、民主主義では、「人を殺すな」とは言わない。「人を殺したものは死刑または懲役に処せられる」と書いてあるだけである。また、「盗むな」とも、「偽証するな」とも言わない。

 人のものを盗み、あるいは偽証し、それが証拠によって検挙され、裁判官が間違いないと判断した場合は、懲役または死刑に処せられると書かれてある。つまり、逆に言うと、犯罪が証明されない限り、犯罪にはならないのである。

 例えばのりピー事件を例にとってみると、「のりピー覚醒剤容疑が発覚」→「司法警察が内密に捜査」→「容疑をほぼ断定」→「警察が裁判所に逮捕状発行を要求」→「容疑者を逮捕」→「10日間の勾留期間内に容疑者を取り調べる」→「その間に起訴か不起訴を決定する」。

 日本では、このような手続きを取ることが法律で定められている。その間、警察が単独で動くことは許されず、勾留期間が過ぎれば、確固とした証拠がない限り、いくら嫌疑があっても釈放しなければならない。

 また、起訴された後も自白だけでは有罪にはならず、任意になされない自白は、証拠として裁判では採用されない。つまり、「確かに自分がやりました」と本人が自白したとしても、客観的な証拠がない限り、無罪放免となるのである。

 例えば、北朝鮮の独裁政治が崩壊し、民主主義社会が達成されたとする。おそらく市民はその解放感に歓喜し、あたかも地上にパラダイスが到来したかのような錯覚に陥ることだろう。ところが、民主主義の到来によって、人間は真の幸福を得ることが出来るのかと言うと、残念ながら答えはNOである。

 何故なら、この社会は、善良な市民に優しい(?)のみならず、暴力的で身勝手な市民にも同じように優しいからである。もし、善良なはずの市民が、善良ではない市民に変貌したらどうなるか?優しいはずの政治が、知らない間に独裁政治へと変貌してしまうのだ。

 社会主義からすると、民主主義は、何と自由で素晴らしい社会制度かと思う。ところが、それが何の主義であろうと、それを操作する人間が罪人である以上、めぐりめぐって最後には必ず崩壊してしまう運命にある。残念ながら民主主義とて例外ではない。

 ちなみに黙示録に登場する7番目の教会であるラオデキアは、民主主義という意味で。また、北朝鮮の正式名称は、朝鮮民主主義人民共和国である。何故、北朝鮮の市民が、みんな胸に金日成バッジを身に付けているのか?彼らは金親子を、今でも国家に優しいリ−ダーだと思い込んでいるからである。
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