モラトリアムな人々

 こないだ、久しぶりに日本のニュースを見ていたら、ある裁判の様子が映し出されていた。日本では判決の結果を垂れ幕みたいのに大きく筆で書き、それを判決の結果を待ちうける人々や、報道陣の中を駆け抜けながら見せるといった風習(?)があるが、そこにはカタカナで「モラトリアムゥ〜!!」と書いてあった。

 お恥ずかしい話だがアタシはこの言葉を知らなかった。これは今日本では普通に使用されている和製英語である。そう言えば以前、「モラトリアム人間」とかいう言葉をどこかで聞いたことがあった。

 アイデンティティの確立を先延ばしにすることを「心理的モラトリアム」と言い、そういった人々を「モラトリアム人間」と言うらしい。大体においてこんな英語はないのだが、何故か日本ではちゃんと言葉になっている。

 アイデンティティの確立・・いったい自分は何をやりたいのか?、自分はいったいどんな人間なのか? ま、所謂「自分探し」というやつであるが、誰でも一度はこのようなことを考える。

 ウチのようなWEB然り、女性週刊誌しかり、最初のトップページをパラパラとめくった後に必ず人が見るのは、占い-恋愛相談-性格判断なんだそうな。これも、アイデンティティ(自我同一性)への欲求の表れであろう。

 ところで、この考えを最初に提唱したエリクソンという人は、この言葉を悪い意味では使っていない。「社会が成熟し豊かになったからこそ、青年期(学生時代)が長くなったのであり、それによって人は人生の重大な決定をする前に、色々と考えたり、試したりすることが出来る。その結果、より良いアイデンティティの確立ができれば、それは素晴らしいことである!」と。

 だが、人間は成長するに従って、この世では必ずしも自分がなりたい職業に就くことは出来ないということを少しずつ悟るようになる。やりたいことと、できることとの差である。

 そうなってくると今度は、自分の器量や適性と照し合わせながら、どれかに集中するために、どれかを切り捨てるといった現実的な作業が必要になってくる。結婚相手を選択するのも同じことである。

 モラトリアム自体は決して悪いことではない。だが、現代のモラトリアムは昔と随分質が変わってきている。昔のモラトリアム人は、良い意味での半人前意識を持ち、一生懸命努力して、早く一人前にならなければという認識を持っていた。「早く仕事ぉを憶えて、オヤジさんのような立派な親方になりてェ!」といった真摯な気持ちである。

 また学生も、そういう立場を与えてくれた親や社会に対する感謝と、その期待に答えようという気概があった。ところが現代のモラトリアム人は、今の生活が当然であり、親からの援助を申し訳ないどころか、当り前だと思っている。親からの仕送りが少し遅れただけで、親の義務を果たさなかったなどと怒る学生はそのいい例である。

 LAには本来ならばとっくに社会の一員としての責任を負うべき年齢になっているにも係わらず、もう少し、いやもうチョット・・と、モラトリアム期間をスキあらば延長しようという魂胆ミエミエの万年学生がゴロゴロいる。「あれもしたいし、これもしたい。でも自分には未だその力がないからもっと勉強したい」みたいな・・。

 ま、それはそれでいいのだろうが、彼等の多くは生活の緊迫感を知らないせいか、自分が半人前だという意識が欠如しており、汗水たらして働いているサラリーマンをバカにしたり、専業主婦などくだらない生き方だと内心軽蔑している。で、いつまでたってもパラサイトシングルのまま。裏を返せば「出来たらずっと学生でいた方が楽だワ」というのが彼等の本音なのである。

 こないだLAでホームレスになってしまったという日本人青年2人と会った。そしてその2日後、親からの仕送りを、ヒモ同然のボーイフレンドに全部吸い取られているという女の子から相談を受けた。相談たって「そんなもんトットと別れんかィ!!」以外に言うことはないのだが、こんな話はまだいい方で、ダウンタウンのストリートや、日本人クラブで売春している女の子も少なからずいるらしい。

 アメリカには一地方都市ぐらいの数の留学生が居住しているので、そんな境遇にいる学生がいても全然不思議ではないだろう。昔の若者と比べ、今の若者が何もかも悪いなどと言うつもりはないが、少なくとも、折角親や社会から与えられた貴重なモラトリアム期間を生かせていない連中が多いのは事実。「アンタの人生暇ツブシ」と言われても文句は言えないのである。

 それは抱えていても仕方がないものを、自分の自信のなさ故に、いつまでたっても抱え続けているからに他ならない。モラトリアムな人々は、的がないまま転がっている矢のようなものである。

 ヘタをして余計なところに穴を開けられても困るので、世間は彼等に当り触らずの態度を取っているが、それを好意とカンチガイしているようでは先はほど遠い。“切り捨てる・・”この重要な作業を避けて通っている限り、その人に成長はないのである。
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