アリ以上ゴキブリ未満

 ある4コマ漫画を見た。
1コマ目「子供が遊んでいる」= 若すぎる。
2コマ目「アベックの二人」= 楽しすぎる。
3コマ目「働いている」= 忙しすぎる。
4コマ目「お墓」= 遅すぎる。

 未だ若いから、今は幸せだから、今は忙しいから。そんなことを言っているうちに、人生が終ってしまい、遂に神様と向かい合うことのなかった人の一生・・・ 残念〜〜〜〜!斬りィーー−!!(彼<ギター侍>は今頃どうしているのだろう?と、人事ながら心配していたら、つい最近結婚したというニュースが入ってきた)だけで終わればよいのだが、実は人生(と言っていいのかどうか分からないが)は、死んでから後が問題なのである。

 人が神様を信じようかと考え迷う時、彼の脳裏には様々な打算が飛び交う。ここで信じたら最後、もう酒もタバコもオサラバなのか? パチンコなんてとんでもない!のかなぁ・・・。街でいくらキレイなお姉さんを見かけても、ナンパなんかできんのだろうなぁ・・、コンパのお誘いも断わらにゃいかんのかぁ云々・・・

 といったセコイ思いばかりが頭がよぎる。それで信仰に入る機会を逃してしまったという気の毒な人も世の中にはいるのかも知れないが、ここには一つ致命的な盲点がある。彼らは信じることによって生じると推測されるリスクのことばかりを気にしているが、信じないことによって生じるリスクの方については、全く気が付いていない。

 こないだある有名な先生が、LAの日本語教会に来られていた。素晴らしい集会であったが、集まった人はほんの数人。この教会は日本人街の真ん中にあり、隣にある居酒屋は超満員。。。そこでアタシは考えた。何で居酒屋は新宿三丁目で、教会はシベリアの杉並木なのか? それは早い話が、教会に行ったところで、人は自分が得をすることはないと考えているからである。
 
 悲しいかな、世間の人々は、教会ほど、人が得をする場所はないということをご存知ない。天国行きの切符以上に大切なものが、この世に存在するだろうか? 勿論、そんなもんがあるはずがない。もし、あると言うのなら、アタシャその日から牧師をやめさせていただきます。しかし、その切符はあまりに高価すぎて、誰もお金で買うことが出来ない。だからタダにするより他にない。そのタダ券の発行所が、教会であり、牧師はそこの番頭さんなのである。

 明石家さんまと大竹しのぶの間に『いまるチャン』と言う子供がいる。『生きてるだけでマル儲け』がその語源だそうだが、これはある意味、非常に福音的な名前である。『クリスチャン・生きてるだけでマル儲け!』アタシはこれを密かに今年の教会標語にしようかと考えていた。実際、こんなウマイ話は世間にそうあるものではないからである。

 しかし、どうもこの「タダ」が問題のようだ。何故なら、『Give & Take』 の精神が骨身の隋まで染み込んでいる日本人にとって、「タダ」と言われたら、条件反射的にこう思ってしまう。「タダより高いものはない・・・」と。そこで、先ほどのリスク妄想に陥ってしまうのである。

 よく、「神様が本当にいるのなら、どうしてもっとはっきりと分かる形で存在を示してくれないのか?」と言う人がいる。しかし、もし聖書が本当であることが、人々に明確に知られることになったとしたら、確かに教会はその日から人で溢れかえることになる。ところが彼らの内にあるのは、恐怖心や損得勘定だけであって、おそらく彼らは天国行きの切符をめぐって、足の引っ張り合いをすることになるだろう。

 このように、神様や天国について教える学校教育はないので、一般の人々の神に関する知識と思考能力は皆無である。日本の文部省は、『神を教えるのは宗教』と考えているので、学校教育の場に神様は全く出て来ない。また、マスメディアにおいては、神様について誤解を招くようなオカルトティックな情報のみが氾濫している。

 その結果、宗教に染まっている人々は盲目過ぎて、神の定義すらできておらず、その他は、彼等の頭で想定している神を否定しているに過ぎない。石や鏡などの無機物を拝んだり、同じ屋根の下で仏壇と神棚が同居しているという、世界的な常識の枠を大幅に超越したおバカな状況が、日本では常識化しているのである。

 早い話しが、彼等は信じたくないと言うより、信じる能力がないのである。神を認識する能力が無ければ当然、無神論者になる。しかし、その精神の根底には「もしかして神はいるのでは?」と考えることはある。それが神社、仏壇に手を合わせるということになるのだが、信仰心のない願いなど叶うはずがない。よって「神はいない」と自分で結論付ける。もし、神が存在するならば、自分は神から見捨てられた存在である事を認める事になってしまうからだ。

 アタシから言わせていただくと、わかってないのは大衆の方であって、わかっている方からしてみれば「神は存在している」のだから、決して根拠なしに神はいるなどと主張しているわけではない。ある国で地震があった。その被害に遭った人達にとって、その地震は事実以外のなにものでもないが、そこから遠く離れた国に住んでいる者にとって、その地震は疑似体験の域を出ない。ただそれだけの話である。

 こないだ久しぶりに庭で土いじりをしていたら、こともあろうに2−3匹のアリが腕の上に這い上がって来た。そこでアリは、哀れ一瞬にして潰されてしまうのだが、それでもアリ達はアタシの腕の周りをウロチョロすることをやめない。つまり、アリは人間の存在を識別する能力がないのである。そこへ行くとゴキブリは、いくらかは分かっているようだ。こう考えてみると、神様を認知するということも、実に一つの能力なのである。
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