ラッコさんへの道

 此間、初めてロングビーチ水族館を訪れた。目的はクラゲではなく、ラッコさん(犬猫のように呼び捨てにしてはいけない)との面会であった。この暑いLAくんだりまで連れて来られたラッコさんの境遇を考えると、かなりツライものがあったが、一度も顔を合わせたことがないというのも、後々問題になっては困るので、愛する者達に同伴してもらい、足を運んだという次第である。しかし、当のラッコさんは、そんなアタシの思惑など全く意に介さず、頭を一生懸命掻きながら、ただひたすら水面上をグルグルと回転していた。

 言うまでもなく、ラッコさんは海に住む「海獣」である。海獣と言えば、イルカやクジラなどの鯨類、ジュゴンやマナティーなどの海牛類、そしてアシカやアザラシなどの鰭脚類の3つのグループに分けられるが、ラッコさんはこのいずれのグループにも属していない。ラッコさんは英語で「Sea Otter(海カワウソ…・・・面白くも何ともない名前である)」と言い、本来、カワウソとかビーバーのような潜水が得意な陸上哺乳類の仲間である。

 陸の上ではゴロゴロと転がっているだけのアザラシも、海に潜ったとたん、スルスルと高速で泳ぐ。イヌみたいな顔をしたアシカも然り。クジラやイルカに至ってはほとんど魚である。ところがラッコさんが海の上で「ぽや〜〜ん」と浮いているその姿は、海獣としての自覚がほとんど感じられない。お腹が空けば水中に潜るものの、そのクネクネとしたその泳ぎ方は、シンクロのオネーサン達と大差はない。アザラシのスルスルとはエライ違いである。

 しかし、それでもラッコさんは海獣なのである。申し訳程度の足ヒレ以外、ほとんど身体が海上ユーズになっていないのにもかかわらず、立派に海上で生活している姿は、実に健気である。夜間、波にさらわれないように、コンブを身体に巻き付けて眠るラッコさんの姿など、とても涙なくして見ることは出来ない。それは、さして英語も出来ないのに、アメリカに住んでいるアタシを遥かに凌駕した存在であると言わざるを得ないだろう。
 
 映画好きの方ならご存知だろうが、『2001年宇宙の旅』の冒頭、“サルが道具を使うことを憶えた時から歴史が始った!”という印象的なシ−ンがある。ところが、サルよりも先に道具を使うことを知っていたのは、誰あろうラッコさんであった。しかし、いきなり冒頭で海に浮きながら、お腹の上に乗っけた石で貝を割って食べてるシーンでは、大衆からの理解を得ることは困難だろうと判断したキューブリックは、急遽、ラッコさんをサルに置き換えたのである。

 ちなみに、動物学的に言うと貝を好んで食べる哺乳類というのはかなり珍しいらしい。アタシも寿司屋のカウンターに座ると先ず貝類からオーダーする習性があるが、貝を好んで食べる哺乳類動物は、ラッコさんと人間ぐらいなのだそうだ。アワビ、ウニ、カニ、エビ・・・。お寿司屋さんで「時価」と書いてあるような高級品が彼等の常食。しかも全て天然物である。加えて相当な大食漢ときているが、彼等は自給自足であるからにして、いくら食べようが、誰からも文句を言われる筋合いはない。

 一方、そういった才覚のないアタシは、誰かに捕ってきてもらったものを、財布のヒモを気にしながら、みみっちく食べるしかない。日本でラッコさんが軟禁されている鳥羽水族館にあるレストランには、「ラッコ定食」なるメニューがあるそうだが、その人間が食べるラッコ定食の仕入れ値より、ラッコさんのお食事代の方がずっと高いのである。

 ところがラッコさんは、こんな高カロリーの食事を毎日していても、肥満や糖尿病とは一生無縁である。「おぉ!? どんなに食べても太らないって? それじゃ明日からラッコ式ダイエットだ!」 などと考えるのは素人のアサハカ。人間がラッコさんレベルの食生活をしても、直ぐに破産したデブになるだけである。かと言って、海では生活出来ないのだから、ラッコさんから見た人間は随分哀れな存在である。

 だが、あなたがどんなに肥満でも、アリュ−シャン列島の海上で1週間も生活すれば、間違いなく痩せる。ラッコさんだって食べなければ凍え死んでしまうのだから命がけのダイエットである。食べ過ぎの上、更にお金を払ってダイエットをしようなどという、怠惰でマヌケた人間とは根本的に生きる緊張感が違うのだ。アタシ達が安易に「おい、ラッコ!」などと呼び捨てにしてはいけない理由の一つがここにある。

 また、ラッコさんの悲惨な歴史も、アタシが彼等に愛慕の念を抱かざるを得ない大きな要因である。ラッコさんは、アザラシやその辺りにいるのオバサン達が保有している防寒用の皮下脂肪は持っておらず、密度の濃い毛皮で寒さを防いでいる。ロシアのアラスカ探検隊が渡航中、ラッコさんの存在を発見し、その優れた体毛に目を付けたのが悲劇の始りであった。

 この連中によって北太平洋に最高級の毛皮をもつ動物が住んでいることがロシア中に知れ渡り、毛皮を売って一儲けしようという悪徳商人達によるラッコ部族への虐殺が始まったのである。この殺戮者共は、アリューシャン列島から、ベーリング海に至るラッコさん部落をほぼ壊滅状態にした。それは正にラッコポグロムとも言うべき惨状であった。

 この時期、北海道近海を怪しいロシア人がやたらと徘徊していたという記録が残っているそうだが、それはこの連中が日本にまでその魔の手を延ばしてきていたのである。アタシはこの事件と、第二次大戦におけるドサクサ紛れの参戦以来(日本が敗戦確実となった頃にノコノコと参戦し、北海道をよこせと言いおった!)、ロシアという国をどうも好きになれない。

 だが、ラッコさんはそれほどの虐待に遭っているにも関わらず、人を憎むということを知らない。牧師のアタシなんぞより遥かに人(ラッコ)が出来ているのだ。更に、皆さんはご存知だろうか? ラッコさんは、親を亡くした小ラッコを、アダプトするという、愛の習性があるということを。自分が産んだ子供を平気で捨てるような親がウヨウヨしている我々の社会環境下にあって、もはやアタシ達は、ラッコさんから教えを受けなければならない段階に来ている。

 さて、これは決して自慢をしているワケ・・なのだが、我家にはいくばくかのラッコさんグッズがある。ラッコさんは実物が可愛いので、デフォルメさせると逆にヘンになるケース(海に浮かんだ小熊とか、貝殻を抱えたモルモット等々)が多く、キャラになりそうでなりにくい。また、ペンギンやイルカほどの一般知名度もないので、ラッコさんグッズを扱っているお店は極めて少ない。てなワケで、今回のお話に感動された方、また、どこかでラッコさんグッズを目撃された方は、すみやかにgoodnewsstation.comまでご一報いただければ、これ幸い至極なのである。
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